2000年 1月
カズ、ケンタ、カツミとオレで片道600kmかけて蔵王に一泊でスノーボードをしに行った。
今まで経験した事のない一面の銀世界、パウダースノー、樹氷とブリザード。
行き帰りも含め最高に楽しい時間を過ごした。
バンクーバーでもスノボー出来たらいいなと期待した。
3月
タイジがバンクーバーへ向かう日が来た。
この日は珍しく大勢集まって空港まで見送った。タイジは異常なほど緊張していていつもの様に冗談なんか言ってこなかった。よほどこの留学に人生かけていたんだろう。
そして無事旅立った。
この頃オレは風邪を引いて喉を痛めた。マイルドセブンスーパーライトの煙が吸えないくらいに。そしてコンビニで買ったタバコを封を開けずにただなんとなく1日吸うの辞めてみようと思った。そんでそのまま禁煙に成功した。スムーズに辞めれたのはきっと元々タバコが体に合わなかったんだろう。
タバコを吸うきっかけなんてガキがカッコつけるためのもんだ。オレが吸い初めたのは14歳、中3の夏休みだったと思う。周りのヤツらはすでに吸っていたし、多分悪ぶりたかったんだろう。最初はうまいなんて思わなかったけどいつの間に抜け出せなくなっていた。そうして7年間肺を痛め続けてきた。
最後に買ったタバコは部屋に飾った。
この物語はフィクションです。登場する人物等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
5.10.2020
5.07.2020
第5話
ヤッピが働いている工場にフィリピン人のアリっておじさんがいてどうやら受験生に英語を教えてるって事で紹介してもらう事になった。中学英語を勉強中のオレにはまさにうってつけだった。とにかくもっと英語を身近にしなければと思っていた。
住所を教えてもらい1人でアリの家に行った。彼は普通のアパート住まいだったけど自分にとっては初めての異国に触れた瞬間だった。でもアリは日本語も話せるしオレは英語を話せないから結局会話は日本語だった。もどかしかったけどどうにかして英語に触れたかったからその何日か後に家庭教師みたいなものに同行させてもらった。
行ってみると相手の中学生はテレビゲームの真最中だった。アリはちょっと注意したが中学生は無視してゲームをしていた。授業時間が終わるまで。
期待して想像していた物とは違い全くもって無駄な時間だった。オレはただキレるのを我慢していただけだった。英語力じゃなく少し忍耐力がついたのか?
それっきりアリと連絡を取る事はなかった。
1999年 12月31日
サイトウくんの家で何人かで過ごしていた。誰かがどこからか手に入れたジョイントを回しながら。世間はミレニアムとか言って盛り上がっていて、それをテレビで見ながら年を越した。
あー、いよいよ今年バンクーバーに行くんだな。
この物語はフィクションです。登場する人物等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
住所を教えてもらい1人でアリの家に行った。彼は普通のアパート住まいだったけど自分にとっては初めての異国に触れた瞬間だった。でもアリは日本語も話せるしオレは英語を話せないから結局会話は日本語だった。もどかしかったけどどうにかして英語に触れたかったからその何日か後に家庭教師みたいなものに同行させてもらった。
行ってみると相手の中学生はテレビゲームの真最中だった。アリはちょっと注意したが中学生は無視してゲームをしていた。授業時間が終わるまで。
期待して想像していた物とは違い全くもって無駄な時間だった。オレはただキレるのを我慢していただけだった。英語力じゃなく少し忍耐力がついたのか?
それっきりアリと連絡を取る事はなかった。
1999年 12月31日
サイトウくんの家で何人かで過ごしていた。誰かがどこからか手に入れたジョイントを回しながら。世間はミレニアムとか言って盛り上がっていて、それをテレビで見ながら年を越した。
あー、いよいよ今年バンクーバーに行くんだな。
この物語はフィクションです。登場する人物等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
5.04.2020
第4話
1999年 7月
モリカワがLAから一時帰国してきた。毎年夏休み頃になると必ず帰って来ていた。
この頃の記憶が曖昧で、いつワーホリの申請をしたか覚えていない。
でも9月頃には確かローンも払い終わっていたはずでそこから1年間、車にかかっていた毎月の金額をワーホリの資金として貯めたからおそらく7月から9月の間にカナダ大使館に申請していたと思う。モリカワの英語力を借りて。
まあ通過するかどうか不安はあったけど無事ワーキングホリデービザを得ることができた。
そういえば、結局オレもバンクーバーに行く事にしたんだけど、最初はオーストラリアに行こうと思っていた。タイジと被るのは避けたかったし、メルボルンにはオレの1番好きなバンドBodyjarが居たからだ。だけどモリカワにオーストラリア英語はかなりなまってるし、どうせ覚えるなら発音がキレイなカナダに行った方がいいと言われバンクーバーにした。結果的にそれで良かったと思う。
で、その肝心な英語はモリカワのアドバイスで中1から中3の英語を勉強したらいいと言われた。高2くらいから洋楽ばかり聴いていたけど歌詞を読む程度で意味は理解していなかった。その頃からもっと英語に興味を持っていたらと思ったけど、きっと高校生の自分には必要のないものだったんだろう。
出発は2000年8月31日と決めた。
この物語はフィクションです。登場する人物等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
この物語はフィクションです。登場する人物等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
第3話
1999年3月の終わり頃にはスノボーのシーズンも終わり週末も暇になり始めていた。
月曜から土曜まで仕事して(会社は隔週土曜休みだった)週末を迎えるというただ何の変化もない日々を過ごしていた。
この先どうしようという思いの中、そのワーキングホリデーとやらに興味を持ち始めていた。このままこの何も無い小さな町に居続ける事がただただ不安だったし、仲の良い友達とも毎回毎回やる事に変化も無くましてや刺激なんて無かった。何かを変えたかった。環境なのか自分自身だったのかは分からないけど。
タイジは来年の3月中にバンクーバーに行く事が決定したそうだ。
そしてなんとなく焦りが加速した気がした。
この物語はフィクションです。登場する人物等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
月曜から土曜まで仕事して(会社は隔週土曜休みだった)週末を迎えるというただ何の変化もない日々を過ごしていた。
この先どうしようという思いの中、そのワーキングホリデーとやらに興味を持ち始めていた。このままこの何も無い小さな町に居続ける事がただただ不安だったし、仲の良い友達とも毎回毎回やる事に変化も無くましてや刺激なんて無かった。何かを変えたかった。環境なのか自分自身だったのかは分からないけど。
タイジは来年の3月中にバンクーバーに行く事が決定したそうだ。
そしてなんとなく焦りが加速した気がした。
この物語はフィクションです。登場する人物等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
4.12.2020
第2話
1999年に入りほぼ毎週末スノーボードをしに群馬か栃木辺りのスキー場に行っていた。
大体金曜か土曜の夜10時頃に出発して3〜4時間かけて行っていた。車中泊だった。
オレがスノボーにハマってた頃、時を同じくして、LAに住んでいたモリカワのところにタイジとケンタが1ヵ月遊びに行った。2人とも仕事を辞めてまでして。
タイジが行った理由は多分、自分の中で何かを変えたかったんだと思う。
ケンタはきっと興味本位だっただろう。
オレが、やりたい事見つけた、スノボーだって言った時にタイジがなんだよソレ、そんなもん意味あんのかよみたいな事を言われた記憶がある。
ちょうどこの頃、よく飲みに行っては熱く語っていた。熱く語るヤツは大体タイジだったんだけどオレも刺激を受けて熱くなっていた。オレもどうにかしねーとって。
オレはというと、96年に高校を卒業して就職もせず今で言うニート生活をしていた。8月頃になってようやく、高3の夏、冬休みにお世話になっていた墓石屋でバイトをし始めた。1ヵ月後、給料を手に入れるとすぐさま93年式のホンダアコードを買った。車体価格が89万で改造費が100万くらいかかった。そんでそのバイトを辞めた。毎月58000円のローンと保険料25000円の支払いが3年もあるにもかかわらずだ。さすがにそのローンを親に払ってもらうわけにもいかないから、日曜日の新聞に入っている求人広告を毎週末目を通していた。そこで塗装の仕事を見つけた。
その仕事が板につく頃には車のローンもほぼ終わりに近づいていた。その頃よく思っていたのはローンが終わった後どうしよう、という漠然とした不安だった。つまり目的が達成された後次の目的は何?って事。
で、話は戻って99年、タイジがLAにいる時、バンクーバーに行くって決めたそうだ。
ワーキングホリデーってヤツで。
オレはふーんとしかその時は思わなかった。
この物語はフィクションです。登場する人物等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
この物語はフィクションです。登場する人物等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
4.09.2020
むかしむかし
1998年 12月31日
ケンタが運転するTOYOTAハイラックスサーフでカズとオレの3人はスノボーの道具を載せて船橋の屋内スキー場 "ららぽーとスキードームSSAWS"に向かっていた。
その時大ヒットしていたTHE OFFSPRINGのアルバムAmericanaを聴きながら。
初めてスノーボードをしたのは96年の冬だったと思う。
ちょうどPULLEYのEsteem Driven EngineとRANDYのThe Rest Is Silenceを買った頃だった。
はっきり言って初めてのスノボーは一言で言うと”挫折”だった。兄ちゃんが以前使っていた無名ブランドの板とウェアを借りて挑んだけど全く滑る感覚もつかめず、あのワイワイした山の雰囲気にもなじめずで結果は散々だった。もちろんどこの山に行ったかなんて覚えていない 。
それから2年が経過して、たぶん挫折した感覚も忘れていたんだろう。ザウスで年越しカウントダウンやるから行こうゼってカズかケンタが言ったんだと思う。それは面白そうだと一緒に行く事にした。
初めての人工雪は、エッジが引っ掛かってコケることもなく只々楽しかった。あのワイワイした雰囲気も滑れてしまえば楽しいもんだ。大音量でJ-popが流れる中、みんなでカウントダウンして最高の気分で年を越した。
スノーボードすげえ楽しいじゃん。
とやる気スイッチが入ったのであった。
この物語はフィクションです。登場する人物等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
ケンタが運転するTOYOTAハイラックスサーフでカズとオレの3人はスノボーの道具を載せて船橋の屋内スキー場 "ららぽーとスキードームSSAWS"に向かっていた。
その時大ヒットしていたTHE OFFSPRINGのアルバムAmericanaを聴きながら。
初めてスノーボードをしたのは96年の冬だったと思う。
ちょうどPULLEYのEsteem Driven EngineとRANDYのThe Rest Is Silenceを買った頃だった。
はっきり言って初めてのスノボーは一言で言うと”挫折”だった。兄ちゃんが以前使っていた無名ブランドの板とウェアを借りて挑んだけど全く滑る感覚もつかめず、あのワイワイした山の雰囲気にもなじめずで結果は散々だった。もちろんどこの山に行ったかなんて覚えていない 。
それから2年が経過して、たぶん挫折した感覚も忘れていたんだろう。ザウスで年越しカウントダウンやるから行こうゼってカズかケンタが言ったんだと思う。それは面白そうだと一緒に行く事にした。
初めての人工雪は、エッジが引っ掛かってコケることもなく只々楽しかった。あのワイワイした雰囲気も滑れてしまえば楽しいもんだ。大音量でJ-popが流れる中、みんなでカウントダウンして最高の気分で年を越した。
スノーボードすげえ楽しいじゃん。
とやる気スイッチが入ったのであった。
この物語はフィクションです。登場する人物等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
2.19.2020
再び
ふう。
ここにはもう誰もいないみたいだね。
まあ誰もいない方がいいんだけど…
むかーしブログなんて物をやってたなぁと思って久しぶりに覗いてみたけど最後の投稿は2013.4だってさ。経たね〜。
もうすぐ42歳だわ。信じられんわ。最近頭使ってないせいかだいぶ物忘れもする様になって ちょっと頭の体操になるかな、なんて思って久しぶりに何か文章でも書いてみようかなぁと。そしたら丁度ココが適当な場所じゃん。
文章書く事はキライじゃないみたいだし、書いてる文脈をいちいち訂正しながらダラダラとやる事もキライじゃないし。ヒマな時間も潰せるし悪くないわな。小、中学生の頃なんて作文が大ッキライだったけども。
音楽を聴きながら車の運転を1時間半とかするけど、音楽を聴かない、いや聴きたくないなんて事もあるよね。そんな時はボーッと頭の中で色々とオモウ事があるのでどうせならそれを文章におこしてみよう!
という意気込みでこの広大なインターネットの世界のどこか片隅で独り言を書いていきたいなと思っております、ハイ。
以上
ここにはもう誰もいないみたいだね。
まあ誰もいない方がいいんだけど…
むかーしブログなんて物をやってたなぁと思って久しぶりに覗いてみたけど最後の投稿は2013.4だってさ。経たね〜。
もうすぐ42歳だわ。信じられんわ。最近頭使ってないせいかだいぶ物忘れもする様になって ちょっと頭の体操になるかな、なんて思って久しぶりに何か文章でも書いてみようかなぁと。そしたら丁度ココが適当な場所じゃん。
文章書く事はキライじゃないみたいだし、書いてる文脈をいちいち訂正しながらダラダラとやる事もキライじゃないし。ヒマな時間も潰せるし悪くないわな。小、中学生の頃なんて作文が大ッキライだったけども。
音楽を聴きながら車の運転を1時間半とかするけど、音楽を聴かない、いや聴きたくないなんて事もあるよね。そんな時はボーッと頭の中で色々とオモウ事があるのでどうせならそれを文章におこしてみよう!
という意気込みでこの広大なインターネットの世界のどこか片隅で独り言を書いていきたいなと思っております、ハイ。
以上
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