6.01.2021

第13話

 2000.9


通っていた語学学校はダウンタウンにあって、そこの人種比率は6〜7割くらい日本人で、残りは韓国、台湾、メキシコ、ブラジルからの留学生だった。

学校にいる時はみんなそれぞれそれなりにコミュニケーションを取るんだけど、学校をでれば日本人同士で街に繰り出したりする事がほとんどだった。

オレは最初の1ヶ月は学校とホームステイ先を直行直帰するような生活だった。

ある日、タイジが学校に遊びに来た。(タイジは3ヶ月くらい前に卒業していて洗車屋で働いていた)

半年ぶりの再開だった。

それから街を歩きながらこの半年のタイジの話を聞いた。大体は彼女のレイコへのグチだったような記憶だけど。

この時をきっかけにたまに遊ぶようになった。


この物語はフィクションです。登場する人物等は架空であり、実在のものとは関係ありません。


第12話

 2000.9


まだバンクーバーに来て1ヶ月くらいしか経っておらず未だに生活に慣れていない頃、アンドリューがスキー場の面接を受けに行かないかと言ってきた。

オレは一応ワーキングビザで来ているため、働ける所があれば働きたいと言っていた。

アンドリューも昼の仕事とは別に受けようと思っているという事らしい。

突然の提案に、いやいやオレの英語力で受かるワケなくね?と思う反面、何故受けないんだい?というスタンスに拒否する事もできず仕方なく一緒に面接に行く事になった。


面接は夜のスキー場で行われていた。

(ちょっとうる覚えだが、確かグラウスマウンテンという所だったと思う。ホームステイ先のウエストバンクーバーからバスで数分くらいの近さだったような)

若いお兄さんの面接官だった。何を聞かれたかさっぱりわからなかったしどう答えたかも覚えていない。今思うと無謀だったと思うけどきっと何かしら面白い経験になったとは思う。

当然合格の電話は無かった。

ついでにアンドリューも。


この物語はフィクションです。登場する人物等は架空であり、実在のものとは関係ありません。



第11話

2000年 8月31日
ダウンタウンのホテルを出発し20〜30分後、ノースバンクーバーにあるホームステイ先に到着した。15〜16時だったろうか。
ピンク色の家で玄関は階段で中2階に上がるような形だった。迎え入れてくれたのはアンドリューというホストファザー、身体の大きいウェンディというホストマザー、そしてこれまた7歳のわりに身体の大きい息子カイルだった。
オレの事をずっと待っていたけど全然現れなかったから帰ってしまったとの事だった。
そりゃそうだ、お互い携帯電話持ってたわけじゃないし連絡の取りようがないんだから帰るよな。

アンドリューは優しい人だった。後から聞いた話だけど、ホームステイ先がハズレってのはよくあるらしい。ホストファザーが変わりものとか家が汚いとか。ホストファザーは良い人だし、立地も良かったしで当たりを引いたみたいだった。(後に本当に当たりだと思わせる出来事が起こる)どちらかと言うとホストマザーの方がちょっと怖い印象だった。
カイルには日本から持参したポケモンの腕時計をあげた。こっちでもポケモンがブレイクしていたから喜んでくれた。


そういえばスープって言う名前のジャックラッセルテリアもいたな。




この家には、名前は覚えてないけど1〜2歳下の日本人のわりとカワイイ女子と、もう1人日本人で確か19歳の身体がデカイわりに大人しくて存在感のない感じのヤツがホームステイしていた。
ルールとして家の中では英語オンリーだったけど、いつだか日本人だけで夜な夜なコッソリ話した事があった。[家の作りが日本とは違って中2階(多分ここが1階とみなされていた)みたいな所にリビングとキッチンがあってその奥にホストファミリーの寝室。そして地下に2部屋とランドリールーム、それと1人用シャワールームがあった。オレは2階の屋根裏部屋みたいな所だった] その屋根裏に行く階段で夜な夜な話をして少し仲良くなったけど2人とも短期語学留学で来ていたからわりとすぐ帰国してしまった。
最初の1ヵ月は自分との葛藤、というか色んな事がうまく行かないとかで軽いホームシックに陥ったりした事があってこの会話で少し救われたのを思い出した。
そうそう、ちょうどこの頃Red Hot Chili PeppersのCalifornicationを現地のCD屋(確かA&B Soundだったかな)で買ってよく聴いてたんだけど、今もこのアルバムを聴くとこの頃の憂鬱感を思い出す。


この物語はフィクションです。登場する人物等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

5.31.2020

第10話

2000年 8月31日
いよいよ誰も迎えに来てないことに納得せざるを得ない状況になった。
とりあえずトイレでウンコをして気持ちを落ち着かせよう。
初めての海外のトイレ。扉は日本の物と違い膝下が見えるくらいの大きさでかつ広い。それすら真新しくて感動した。
用を足してスッキリすると割と冷静になっていた。ホームステイ先の住所があるし、無料でおいてある地図を取って先ずはインフォメーションカウンターみたいな所で聞いてみよう。それしか方法ないし。

そこには中華系の若い女性がいた。住所の載った紙を見せ片言の英語で話かけると親切に説明してくれた。だがオレにはチンプンカンプンだった。サンキュー!と分かったふりをしてそこを離れた。ヤベエ、分かんねえ。何言ってるか分かんねえしどうしたらいいかも分かんねえ。その辺を数分ウロウロしたあともう一度その女性の所に行って聞いてみた。
するとその女性、いやその女はかなりキレぎみに「さっき説明しただろうが!」的にまくしたててきた。

うわー、キレてる。
どうしようかとちょっと焦りが出てきたと同時にコレが海外の洗練かと少しながらワクワクもしてきた。
このエピソードはきっと最後に笑って話せるなと。

あの女がバスに乗れと言った事だけは理解できたからとりあえずバス乗り場に出た。
だがどこ行きかさえ分からなかった。
すると近くにおばあちゃんが1人立っていた。
勇気を振り絞って聞いてみるとおばあちゃんは親切に○○番のバスに乗りなさい、後は運転手に聞くといいと説明してくれた。

ああ、捨てる神あれば拾う神あり。無事にバスに乗る事が出来た。
運転手さんも親切だった。降りる時がきたら教えてあげると言ってくれた。

30分くらい経ってデカいホテルのロータリーに到着すると、ココで降りてタクシーで行きなさいと説明してくれた。
そっか、最初っからタクシーで行けば目的地に着くじゃんと思ったができるだけ近くまでバスを使えば安くすむよな。あの女も親切だったんだな。

タクシーを拾いホームステイ先まで向かった。



この物語はフィクションです。登場する人物等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

第9話

2000年 8月31日
十数時間のフライトを経てようやくバンクーバー国際空港に到着したのは確か昼過ぎだった。無事着いたとホッとしたところに待っていたのは長蛇の列のイミグレーションだった。

そうそう、割愛したわけじゃないがワーホリのビザが降りてからやらなければいけなかった事の一つに語学学校の選択があった。もちろん誰かが紹介してくれる訳でもなく、地球の歩き方という本の中に掲載されていた数十件の学校の中から一つ選んで直接電話なりでリクエストしなければいけなかった。これは義務ではなく1つの方法として最初に語学学校に通うという選択肢があるわけだけどもモリカワにも先ずは語学学校行った方がいいと言われていたからそうしたワケだ。
なんとなくココかなという学校に決めようと思っていた時にタイジと電話をした事があった。その学校はヘイスティングストリートというところにあるらしいんだけどって話をしたら、タイジの彼女(バンクーバーで早速作りやがった)曰くそのストリートは危ない所で有名だからやめた方がいいという事だった。それなら私が通ってる学校に来ればいいじゃん的な感じだった。そこはタイジも通っていたがもう辞めていたからまあそれでもいっかって感じでその学校にする事にした。
ここで楽だったのがその学校は日本人女性校長かつ、受付も日本人女性だった。だから普通に電話でやり取りする事ができた。理想としてはノージャパニーズでハードな環境に身をやる事だったんだけど。まあさておき、その学校といつ到着していつから通うとかのやり取りをした後、ホームステイ先の情報が手紙で届いた。そこにはホストファミリーの事や何時に空港に迎えに来るという情報が載っていた。
その手紙によると飛行機到着時刻辺りに迎えに来るって事だった。
1〜2時間後ようやくイミグレを通過した後さらに待っていたのが預け荷物だった。これを手にするまでにもだいぶ時間がかかった。



ようやくそこから出るとプラカードみたいな物を持った人達が沢山出迎えていた。
プラカードには名前が書かれていてそれぞれ合流しては消えていった。
結構くまなく探したけどオレの名前は誰も持っていなかった。

こりゃ困ったぞ。



この物語はフィクションです。登場する人物等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

5.30.2020

第8話

2000年 8月31日
出発の日。
ヤッピとカワがわざわざ仕事を休んで空港へ送ってくれるって事で家に迎えに来てくれた。家を出るとき母親が見送った。車の中で「お母さん泣いてなかった?なんか気まずかった〜」と笑いまじりでヤッピが言った。まあ1年間帰らないつもりだしましてや海外だから母親というものはそういう感情になるのかもなぁと思った。
空港に着いてからの事はよく覚えてないけど、別れ際に、バンクーバーに遊びに来なよなんて言ったかもしれない。

あのときのタイジみたいに緊張するかと思っていたけど意外にリラックスしていた。



18時
緊張したのは飛行機だった。初めての海外、ましてや初めての飛行機だった。ちょうど主翼の見える座席でそれがバタバタ揺れるもんだから折れるんじゃないかとマジで不安だった。たまたま隣には日本人女性が座っていたから会話で気を紛らせる事ができた。その女性は確か31歳って言ってたと思うけど22歳のオレにとっては見た目がそれよりも随分歳上だなと思った。
やがて外は暗くなり主翼がみえなくなるといつの間にか不安もどこかへ消えていた。



現地時間9時
経由地のポートランドに到着すると日本人はオレとその女性くらいだった。とうとう外国の地に来たんだと。デルタ航空の乗務員はみんな外人だったし乗客も外人ばかりだったけどまだちらほら日本人がいた為か少し気持ちにゆとりがあった。空港の売店で飲み物を買ってその女性ともそこで別れ、いよいよ日本人はオレ1人になると緊張が押し寄せてきた。セスナ機への乗換えで外に出ると日本とは全く違い肌寒くさらに緊張を高めた。座席に着いて待っていると隣にさっきとは違う日本人女性が座った。眉毛の濃い子でその感じが中学の同じクラスにいた子にそっくりだった。
フライト中その子と会話をしているうちに緊張は解けていった。




この物語はフィクションです。登場する人物等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

5.18.2020

第7話

2000年 7月
モリカワがLAから帰ってきた。
オレは英語勉強の真っ只中だったからしっかり教わろうと思ったいた。

ある晩、モリカワの実家の自室でマンツーマンで教えてもらっていた。
そこに、何処で手に入れたか知らないがケンタがジョイント持って遊びにやってきた。
おいおいそんな事したくねーよと思ったがモリカワは全然ノリ気だった。
で結局その場の流れでそれを回した。
、
、
、
ノリ気ではないオレの気持ちとは裏腹にぶっ飛んでいた。
英語の勉強をしなければと思っていたがもう元に戻れるわけがなかった。モリカワはテキストを開いて、I’m homeとはどうゆう意味でしょうと言ってきた。こんなどうしようもない質問からしてもう英語の勉強はどうでもよかったんだろう。そして「アイムホぉ〜む、アイムホぉ〜〜む」と鼻の下を伸ばしながら変な言い方を楽しんでいた。そこにワンピースを読んでいたケンタが横から「モーム!モーム‼︎」と割って入った。モリカワは少し考えて「そうだねぇ」と言った。それを見てオレは1人で爆笑した。モリカワが慌てて「シーっ!お母さんに怒られちゃうよっ!」ってもっと怒られるような事してるだろって。
会話なんてまともに成り立たず夜は更けていった。




この物語はフィクションです。登場する人物等は架空であり、実在のものとは関係ありません。